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ささやかなブログ

写真を撮るのが好きな青年の日記。Canon EOS 6D Nikon F3HP FM10 FUJIFILM X-M1を愛用。

親孝行

 

どうも。

 

最近いろいろと悩み事が多い20歳です。

 

悩みと言っても種類は様々で異性とおつきあいしたい!という多分解決されないだろうという悩みから車が欲しくてたまらない!という他人からしてどうでもいい悩みまであり様々である。

 

そんな様々な悩み事の中の一つに家族について悩んでいる事がある。

 

少し話が変わるが私たちの家族はいわゆる”ニューカマー”で当時韓国の大学院で宗教学を学んでいた父は日本の大学で勉強する為留学しその後僕たち家族も移住した。本来ならば長くとも3〜4年で帰国する予定だったのだが韓国の大学でトラブルがあり帰れなくなってしまった。

 

その後の生活は非常に貧しいと言える。何故なら大学から支給される補助金を受けられなくなったからだ。両親はその後死にものぐるいで働いた。昼は父は大学で勉強し夕方から夜は飲食店でアルバイト、母はクリーニング店でアルバイトし夜は二人で日本語の勉強という今考えると非常に大変な生活を送っていた。父はストレスを多く溜め込みちょくちょく体調不良を起こし、母はクリーニング店のアイロンや乾燥機の熱で指が少し腫れてしまった。今も指が少し太いのはそのせいである。

 

僕と妹は当時それぞれ5歳と3歳(このときまだ妹は一人)親は忙しく遊んでもらえず僕も来日当初は日本語も出来ないので友達もおらずあまり楽しく無かったのを覚えている。今では良い思い出だが当時の僕は寂しかったのだと思う。小さいアパートで住んでて家族みんなで川の字に寝ていたのでその時こっそり母にいたずらしたりして母とじゃれあっていたのを覚えている。

 

小学生になると引っ越しが多くなり平均して3年に一度は引っ越した。それも父がいろんな大学で学びたいとの事で引っ越しだった。この頃になると父は大学で外国人留学生の為に日本語を教えたりあるいは韓国語を教える仕事をしていて、まともな収入を手にし少し生活が楽になってゆとりも生まれた。

 

それでも忙しく月一度遊んでもらえるかどうかだがそれでも楽しかった思い出がたくさんある。小学6年の頃新しい家族が生まれ家族はもっと賑やかになった。この頃父は九州大学で博士号を取得し後は自分を拾ってくれる大学を探すだけだったのだが、父は韓国人なので面接では嫌みな質問をされたり差別を受けたりしてかなりショックを受けていたという。まぁ、この国に住む以上それらの事は覚悟をしなければならない。現に日本に迷惑をかけた韓国人が多いからだ。そんな人間と同一視しないで欲しいがこれに至っては本当にどうしようもない問題だった。

 

そういやこの時初めて父とキャッチボールをしました。一回きりですけど。あのときはなんか照れ臭くてちょっと恥ずかしかった思い出があります。

 

 

中学を卒業する頃僕の家族は長崎に引っ越し今は長崎の教会で牧師をし、また長崎の大学で父は教授をしている。おかげで母は家でのんびり家事をし末っ子は親とたくさん遊びずいぶん甘えっ子になっている。まぁあまり苦労せずのびのびと生活しているので正直それはそれで良かったと思っている。なにより生活に大きなゆとりが生まれておりつつましい生活を送っている。

 

そんな幸せ生活をしているのも両親がたくさんの苦労をしながらも懸命に働いてくれたからだと思う。また、今の自分を育ててくれた両親には感謝しても感謝しきれない。この日本は両親からすれば異国の地である。親戚や知り合いは殆どいない頼れる人がいない境遇のなか非常に苦労しただろう。それでも弱音を吐かずに育ててくれて本当に感謝しています。

 

 

さて、何故タイトルに「親孝行」と書いたのかというと、実は今年の5月母は意識を失い倒れてしまいました。救急車で運ばれ病院で何日か入院して父は少しやつれ妹達は毎晩泣いたそうです。

 

幸い命に別状は無いが医者からは「ストレスを溜めてはいけない。また倒れる可能性がある」とのこと。それから家族は出来るだけストレスを感じさせないよう気をつけてきたが中々難しい。何もストレスは家族以外からも受けるからだ。近所付き合いには気を使ったりするとそれなりのストレスを受ける。まぁそれは別に対した事ではないのですが、中には悪質な事(ゴミを不法投棄したり教会で配っているチラシをわざと家の前で引き裂いて捨てるなど)をしてくる輩がいて困っている。それでも家族は頑張っている。

 

そして今日半年ごとに行う検査をした所血管が顔面の神経に触れて起こる顔面痙攣の症状がある事がわかった。以前から母は「右目の下がぴくぴく痙攣する」と訴えており母は病院へ行く際ある程度の覚悟をしていたようです。治療法は神経と血管の間にスポンジのようなものをつめるか、最悪手術して干渉させないようにするという。

 

この顔面痙攣も命に別状は無いがストレスを受けるとはやり症状はひどくなりもっとひどくなると顔が歪んでしまうそうです。今は症状も軽微なので様子を見るとの事ですが、心配で心配でなりません。

 

 

以前から早めに親孝行してあげたいと思っていたのですが、今回は一刻も早く親孝行をしてあげたいと思うようになりました。

 

やはり早く社会人になって家族を持って幸せに暮らすとかが一番なんでしょうかね?

 

今まで両親の為に〜なんてこと考えずに生きてきたことが非常に恥ずかしい。こういう時本当に何をしてあげれば両親の為になるか思い悩んでしまう。日頃から両親の事をよく思いながら気を使ってあげれば良かった。そう思うと今までわがままな生活をしてきた事を悔いる。情けない。両親の苦労を思い出すと涙が出る。

 

というか、母が病気になったとたんに「親孝行」だのほざく自分が嫌になる。でもそう思ったのだから仕方ない。

 

とりあえず早く両親の為に親孝行をしてあげたい。

 

 

※所々愚痴が混ざってしまい申し訳ありません。